オフィシャル・ストーリー


La historia oficial - Trailer

 

1985年のアルゼンチン映画で、アカデミー賞の外国語映画優秀賞に選ばれています。1983年までつづいたアルゼンチンの軍政下で、そのために人生を狂わされたひとたちの真実を求める勇気ある行動を描いた映画です。(日本語字幕つきのビデオは以前販売されていたのですが… DVDの販売望む!)

1976年から始まった軍政時代には、多くの若い人たちが誘拐され(なかには超法規的に殺害された人も)、その子どもが勝手に養子に出されたり、強制収容所ではさまざまな拷問、虐待が行われていたことが知られています。

もう目前に迫りましたが、13日に上智大学で、軍政時代の拉致と暴虐の横行について、真相究明と正義をもとめて闘ってきた女性たちのお話をきくことができるシンポジウムが開催されます。(要参加申し込み)なかなか聞くことのできないお話をうかがうチャンスかと思います。お時間ありましたら、ぜひ。

おまけ

映画のなかで効果的に使われているマリア・エレナ・ウォルシュの「ふしぎのくにで」にのせた「五月広場の祖母たちの会」の活動をイメージしたアニメーション


en el pais de no me acuerdo

 

 

 

 

映画メルセデス・ソーサ ラテンアメリカの声


Mercedes Sosa: La Voz de Latinoamerica (International Trailer Esp -subtitulado-)

映画「ラテンアメリカの声ーメルセデス・ソーサ」

ひとり息子のファビアン・マトゥス氏が、ソーサとゆかりのある人たち(家族、友人、共演したアーティストなど)を訪ねて話をきくという形式で、彼女の人生をたどる映画です。貴重な記録映像、歌の数々も聴けます。

彼女の人生はラテンアメリカの人々の、そして政治の歴史。

ラテンアメリカに顔があるとしたら、それは彼女の顔だ。

など最大級の賛辞が送られます。素晴らしい声と才能にめぐまれ、多くのファンに愛されたソーサですが、彼女の思想ゆえに迫害をうけ、ついには亡命しなければならなかったこと。また比類ない声を持つがために孤独に苦しんだことなども描かれています。

監督 ロドリゴ・ビラ 出演 ファビアン・マトゥス、チャーリー・ガルシア、ビクトル・エレディア、レオン・ヒエコ、テレサ・パロディ、ミルトン・ナシメントカエターノ・ヴェローゾ

ネグラを探して

 

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(写真はメルセデス・ソーサ財団の建物で撮影)

8月から9月にかけて、ウルグアイを起点に一筆書きで、チリのサンチアゴから帰路につくまで6都市をまわる3週間の旅に出ました。40代最後の大旅行です。

 

 

今回の旅は、敬愛する歌手メルセデス・ソーサの足跡をたどることと、クーデタから45年を迎えるチリを25年ぶりに訪れたいという個人的な動機から発したものです。

ウルグアイの首都モンテビデオは、ソーサがまだアルゼンチン国内での名声を確立する前に、アーティストとして認め受け入れてくれた場所として、彼女が深く愛していた街です。下宿屋を転々とした後、友人となった人が彼女や家族に貸してくれたという家を探したのですが、おそらくこれだろうという建物は、こだわった美しい建物が多いモンテビデオでも、ひときわ壮麗な建物で、その家を見たときの彼女の感動を思うと、ソーサがウルグアイを愛するわけが少しわかるような気がしました。

ブエノスアイレスに渡って(フェリーで!)驚いたことは、ペソの急落ぶり。はじめて行ったときの1ドル=1ペソは当時の政府の政策によるものでしたが、2001年以降下がる一方で、これまでの旅の記録をひっくり返してみても、2003年=およそ1ドル0.4ペソ、私の滞在中には0.025ペソをわり、最近で0.027ペソ(9/24am2:00)という状態です。

そのブエノスアイレスでは、ソーサの一人息子ファビアン・マトゥス氏が運営しているメルセデス・ソーサ財団(サンテルモ地区)を訪問。そこからソーサの出身地トゥクマンに飛び、子どもの頃彼女が住んでいた通りや、若き日のソーサが歌っていたペーニャ(クラブ)を訪れ、その後、彼女の当時の夫やA.テハーダ・ゴメスらによってアルゼンチンの新しい歌(Nuevo Cancionero Argentino)が宣言されたメンドーサからチリへ陸路で抜け、サンチアゴへ。45年前の傷がまだ生々しい世代と、それを受け継ごうとしている若い世代のいりまじる様子を肌で感じました。

 

ソーサは私にとってラテンアメリカ文化研究への道を開いてくれた人物のひとりでありながら、どこか近寄りがたい存在でー日本では知らない人も多いかもしれませんが、彼女は大スターなので。欧米ではしばしばエディット・ピアフにもたとえられる、と書けばある程度ご想像がつくのではないかと思うのですがー1993年のフォルクローレ・フェスティバルのさいも、2003年も比較的近い距離にいながら直接会おうという勇気は出ませんでした。そしてとうとう2009年には亡くなってしまい… ですが、2003年に出版された伝記を通じ、また、今回彼女のゆかりの地をたずねてみることで、自分にとっての「ネグラ像」(”negra”はソーサの愛称)がくっきりとしてきたのを感じました。駆け足の旅ではありましたが、ソーサにつながる重要な人たちとも幸運にもお目にかかることができました。いずれまとまったものを書くつもりですが、こちらでも少しずつお伝えしていきたいと思っています。

 

Mercedes Sosa, La Negra (Edición definitiva)

Mercedes Sosa, La Negra (Edición definitiva)

 ※初版は2003年。2009年にソーサが没してのち、序文と年表に一部加筆された。

 

 

 

モンテビデオ

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美しいビーチが街からすぐのモンテビデオ。心がのびやかになる陽射し。どこからどこまでがラプラタ川で、どこから海なのか、じつは少々自信がない…(^_^;)

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1962年ごろ、ソーサが歌った店。現在はビノテカ(さまざまなワインと本を味わえる場所)になっている。当時の写真がかざられていた。

 

 

 

眠れぬ夜


西城秀樹 眠れぬ夜 1981 02 02

 

子どものころ、近所に住んでいていっしょに習い事にも通っていた友達が彼の大ファンでした。

テレビで見ていた限りではこの歌がいちばん好きでしたが、作曲者の名前をみて驚きました。あの方だったのですね…

 

歌詞のなかに、「愛にしばられて動けなくなる」「愛のない毎日は自由な毎日」というフレーズがあって、ふしぎな感じがしたのでよく覚えています。しかも、そこまで言いながら、いま「きみ」がもどってきたらふりきって出ていけるかどうか「ぼくにはわからない」って、そうなっちゃうものなんでしょうか。やっぱり今でもよくわかりません(笑)

 

ともあれ、すてきな歌を届けてくれた西城さん、ありがとうございました。安らかにお眠りください。

 

親の目の不思議

いまも両親が住んでいる地方の街の商業施設に、からくり時計がある。11時から18時までの毎時きっかりに音楽が流れだし、人形が飛び出すしかけ。

うちの子はこの時計が好きで、小さいころはよく見に行った。

先日、実家訪問した折、ふたりで時計のそばを通ったら、ちょうど音楽が流れ始めたところで、息子が足を止め私もそれに付き合った。人形がとびだすところから隠れるところまで見上げて、しばらく思い出にひたっていた。

生まれた時から見ている人のことだと、折に触れ、小さかった時の姿が、その「幻」に手に触れられそうなぐらいはっきりとよみがえることがある。そこにないものが見える「親の目」なんてものがあるのだろうか。

 

誕生?

昨年の秋ごろ、我が家の一本しかないミカンの幼木を丸裸にしたあげくどこかへ行ってしまった(と思っていた)青虫が、どうもとなりのイチゴのプランターに潜伏していたようです。

イチゴの葉陰にさなぎがついているのは知っていたのですが、今朝ほど植物たちに水やりをしていたら、見知らぬアゲハ蝶がプランターのふちに止まっているではありませんか。(ちなみにイチゴに卵を産む蝶はいないようです)

これは、おそらくあの子でしょう。すっかり姿かたちは変わってしまいましたが。

少々小さめですが(食べ物=ミカンの葉が少なかったせい?)、一応蝶の姿になっていました。

どこかで元気に暮らしてもらいたいです。でも、うちのミカンには卵を産まないでね! やっと小さな葉がついてきたところだから。