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15年

昨日は友人の命日だった。その前日あたりから友人たちからメールが届き始めた。彼女の死からもう15年もたっただなんて。

とても魅力にあふれた人だった。悩みが多かった分、周りへの気配りも(ときには度はずれなほど)行きとどいていた。人の気持ちを思うばかりに、ときには自分の気持ちを隠すこともあった、とは彼女が逝ってしまってからきかされたこと。

中学時代からの付き合いの仲間たちが集まると、その人の思い出話がつきない。私にとってはサークルの仲間だったし、それ以外にも私生活でいろいろと面倒をみてもらった覚えがある。1月生まれの私には、5月生まれのその人は、同学年でも少し年上に思えた。じっさいおとなびた人だったのだが。

担任の教師にとっても、早熟で賢い彼女は印象が強かったらしく、どこかで見たミニコミのインタビューで事故で亡くなった教え子の思い出を語っていた。フェミニズムの「フ」の字もろくに知らない同級生たちの間で、女性問題を卒業研究に選んだというあたり、もし私がその教師の立場でも気になっただろうと思う。大学に進んでからは演劇の道にはいり、自分で戯曲も書いていたようだ。

もし彼女が生きていたら、の一言も、いつも仲間の集まりででる言葉だ。あなたとの思い出をわけあえる仲間がいることは嬉しいけれど、あなたに生きていてほしかったな。