1975年、アルゼンチン北部の田舎の村に、ある日突然ヘリコプターから男がひとり落ちてきます。村の人たちは誰だかわからない彼の遺体を葬り、聖人としてあがめます。
もちろん警察にも届けるのですが、身元はしれないまま。
2008年になり、ようやく身元の調査がはじまります。そしてこの男の死の真相があきらかになる、というのが映画のあらすじ。
背景にあるのは、アルゼンチンの現代史です。
アルゼンチン北部のトゥクマンは主に19世紀末以来、砂糖の生産で栄えた州ですが、1960年代に製糖所が経営者たちによって一方的に閉鎖され、多くの労働者が職を失います。そのためもあり、製糖業にかかわる労働者たちの組合活動は激しいものとなります。当時は、折からのキューバ革命の影響もあり、アルゼンチンでも武装した若者たちの集団による直接行動が盛んになります。そのなかには、誘拐、爆弾による破壊活動などかなり過激なものもありました。北部では山岳部にキャンプを作って、軍事演習を行うグループもありました。
映画では、そんな時代に、自分と仲間たちの暮らしを貧困から守るために立ち上がったひとりの男性と、その家族のうけた暴虐、同じ時代を生きたアルゼンチンの人たちへの共感が描かれます。
アルゼンチンの(もっとも最近の)軍政時代は1976年3月24日のクーデタから数えるのが正確ですが、軍による、現代風にいうなら”テロとの戦い”は、文民政権時代の1975年にトゥクマンで展開され、それがのちの時代の弾圧のモデルになったと考えられています。その作戦は、Operación Independencia と呼ばれますが、それはトゥクマンが、スペインの植民地支配からの独立(Independencia)を宣言した場所だからです。スペイン語では従属(dependencia)の対義語であるindependenciaは本来美しい単語のはずですが…
サンミゲル・デ・トゥクマン市にある独立記念館 Casa de la Independenciaの中庭。いまは博物館になっているこの家で、1816年7月9日、独立宣言が行われた。
時折背景でながれるギターは、自身も身内を軍政時代の強制失踪で失い、自身も一時亡命していたフアン・ファルーのもの。東京で一度聴きましたが、聴き手の心にそっと寄り添うような繊細な音色です。
さいごに(映画のネタバレがあります)
アルゼンチンの軍政時代については、たくさんの映画や小説が作られており、そのいずれもぞっとする話ですが、この映画はじっさいにそれを体験した人たちが証言していること、また、小さな町で暴虐のかぎりをつくす軍隊と共存するしかなかったー亡命することもできなかったー、「天から落ちてきた男」の妻や子どもたちのなめた辛酸がストレートに語られるため、観ていて苦しかったです。とはいうものの、のちに行われた裁判で当時の軍人たちが裁かれ、名誉回復された死者の家族のはればれとした 表情を最後にみることができたのは救いでした。
おまけ
こんな話は過去のもの、であってほしいですが、 同じくサトウキビ栽培が主要な産業となっているフィリピンのネグロス島でもこんな事件が… こちらは悲しいことに現在進行形。
リボイの物語(企画・編集:高部優子、イラスト:工藤結希子) - YouTube