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鏡のなかのボードレール

 

ボードレールの詩は、たぶん翻訳でもほとんど読んだことがないと思う。フランス文学は、ほとんど読まない。それなのに、この本を手に取ったのは、「黒い女たちの影とともにたどった旅の記録」という惹句に心ひかれたためだ。私自身、ラ・ネグラ(黒い女)と呼ばれる歌い手の声にふれて人生が変わってしまった人間でもあるし。

著者で詩人のくぼたのぞみさんは、本書のなかで、ボードレールの詩集『悪の華』に登場し、詩人の”ミューズ”ともいわれてきたジャンヌ・ドュバルや、南アフリカ出身でだまされるようにして英・仏にわたり、200年近く体の一部を標本としてさらされつづけたサラ・バートマン、くぼたさんが多くの作品を訳してこられたクッツェーの小説『恥辱』の登場人物など、さまざまな形で利用されたり、一方的に表現される側だった女性たち、彼女たちの側からみたら世界はどう見えるのだろう、ということを問いかけている。という、かなり濃い、重い内容の本なのだけれど、まるで話しかけられているような口調がここちよく、するすると読めてしまう。

鏡のなかのボードレール (境界の文学)

 

また、この本からは、黒人女性のジャズボーカルを好み、詩を書き、『北米黒人女性作家選』に触発されて翻訳を始めたというくぼたさんの心の旅もすけてみえる。じつはもう20年近く前のことになるのだが、直接くぼたさんとお会いする機会を得、アラブやアフリカ、ラテンアメリカなどの女性の文学にひかれる仲間たちとともに勉強会(と称する飲み会)で集まっていた時期があった。なので、門前の小僧のようにクッツェーの名前もきいていたのだけれど、これまで翻訳家としてつみかさねたお仕事を通しての研究と、この国で女性として生きてきた経験から、このような果実を生み出されたことに、「さすが、エスペランサ姉さん!」と感じいらずにはいられない。

 そして、この本のなかではふれられていないけれど、この間くぼたさんが追い続け、訳してもいる、ナイジェリア出身で、いまはアメリカにいるアディーチェという若き女性作家の作品や発言も、くぼたさんをおおいに触発する存在なんだろうと思う。

 

半分のぼった黄色い太陽