製糖業の陰に 

 コロンブスの航海にも同行し、のちにインディアスで行われた数々の暴虐を告発したバルトロメ・ラス=カサス神父は、カリブの島々で行われた製糖の様子を記録に残していますが、アルゼンチンでも18世紀末頃からサトウキビを利用した製糖業が行われていました。この映画は、サルタ州のサン・イシドロという製糖農園(インヘニオ)の経営者の末裔であるウリセス・デ=ラ=オルデン(Ulises de la Orden)氏の2004年作のドキュメンタリ"Rio Arriba"(上記トレイラー)です。デ=ラ=オルデン監督の祖父は19世紀末にスペインからアルゼンチンに移民し、農業労働者、商店経営などの職業を経たのち、製糖農園の経営者となりました。
 サトウキビの収穫から製糖までを行うインヘニオでは、州内の村々から多くの人々が出稼ぎにきていました。現代では機械化されているさまざまな工程が、かつては膨大な人手によって担われていました。サトウキビの刈り入れ、皮むき、煮詰めるときの缶たきetc.…ときには一日に12時間以上働くこともあったそうです。
 この映画ではそれらの作業にかりだされた人びとの「村」に焦点をあてています。サン・イシドロへ多くの村人が働きに来ていた、サルタ州のイルヤというアンデス山中の村では、かつて段々畑農業がおこなわれ、自給自足の生活が行われていました。(段々畑農法は、インカ帝国とも共通の農法。この地域は一時期インカ帝国の支配下にあったこともある)それが、インヘニオの人集めのため畑の手入れができなくなり、荒れ果ててしまったという事実があるそうです。
 もう一つ、この映画を観るとあきらかになることは、アルゼンチンという国のなかにいくつもの世界が重なり合って存在し、それらのあいだには不均衡な力関係があったということです。古い写真にうつしだされたインヘニオの労働者の顔、そしてイルヤの祭りで行われる踊りが体現するメッセージ。そこには、ヨーロッパ系の国民が9割をしめるといわれるアルゼンチンの、もうひとつの顔 がはっきりと映し出されています。

 下の画像は、ウリセス・デ=ラ=オルデン監督の最新作"Tierra adentro"のトレイラー。ブエノスアイレスラテンアメリカ美術館(MALBA)などで上映中。こちらは南部の先住民マプチェとアルゼンチン軍との戦争(19世紀末)をテーマにしています。