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イスラエルのシニシズムについて

シニシズム:一般に世論・習俗、通常の道徳などを無視し、万事に冷笑的に振舞う態度。犬儒主義。冷笑主義。(広辞苑

とりあえずは、イスラエルを支援している企業の商品を買わないことでひとつの意思表示をすることは可能だろう。けれど、なんでイスラエルはこんなことをするのだろう? ホロコーストを経験したユダヤ人の国家であるイスラエルが、どうしてパレスチナ人にあんなことができるのか。そのことを考えていたところ、昨年末に刊行されたアラブ文学研究者・岡真理氏の『アラブ、祈りとしての文学』(みすず書房)に次のような記述があった。以下少し長くなるが引用。(同書30〜32頁)

 ホロコーストはそれを体験した人間たちに何を教えたのか? ホロコーストという出来事とは、実は人間とは他者の命全般に対して限りなく無関心である、という身も蓋もない事実を、言い換えれば「人間の命の大切さ」などという普遍的な命題がいかにおためごかしかということを否定しがたいまでに証明してしまった出来事ではないのだろうか。それはかつて起こったのだから、また起こるかもしれない。人間にとって他者の命などどうでもよいのだから。そのことをとりかえしのつかない形で体験してしまった者たちにとって、同じことが二度と繰り返されないためには、人間の命の大切さなどという普遍的命題をおめでたく信じることではなく、それがいかに虚構であるかを肝に銘じることのほうがはるかに現実的と思われたとしてなんの不思議があろう。
(略)
 パレスチナで起きていることを私たちは知らないわけではない。知ろうと思えばいくらでも知ることができる。世界の無関心がパレスチナ人に対する殺戮を可能にしているというだけでなく、このような歴史的文脈において、より根源的に解されなければならないだろう。他者の命に対する私たちの無関心こそが殺人者たちにシニシズムを備給し、彼らが他者を殺すことを正当化し続けるものとして機能しているのである。
 だとすれば、パレスチナ人が人間の尊厳を否定され、日々殺されてゆくことの「あってはならなさ」を描くとは、このシニシズムに抗して、世界に抗して、人間一個の命の大切さを語ることにほかならない。

アラブ、祈りとしての文学

ほんの十日前まで「無関心な傍観者」だった自分のことを考えてみる夕方。