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地上絵・ビクトルの樹

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1973年にチリで起きた軍事クーデターのさなかで殺害された歌手ビクトル・ハラをしのぶ地上絵(サンチアゴ

現在、彼の殺害に関する裁判が米国で行われています。元チリ軍人の容疑者が米市民となっているためです。

まかぬたねははえぬ

そんな話をいつか読んだな、と思って調べてみたら、最近復刊されたようです。こちらのお話のタイトルは「まかない種子がいつはえる」でした。

 

子供読本 いろはかるた47話

子供読本 いろはかるた47話

 

 

それはともかく。30年近く封印していた趣味の園芸をふたたびはじめました。この間、つねにベランダに2~3鉢の植物はありましたが、日当たりのいい家に引っ越したので、たまっていた鉢やプランターを総動員して、野菜や果物の苗、つる性植物などを植えてみました。

たいした収穫はもとより期待していないけど、自分で育てる楽しみをあらためて感じています。いちばん楽しいのは、どこかで拾ってきた種を植えること。家で食べた果物の種、道端でとった雑草の種や木の実など。芽が出たはいいが、なんの植物だったか忘れていたりもするけど(笑)、種の生命力につくづく感心しています。

沖縄の女たち

先日のうるま市の女性の殺害事件にあたっての、沖縄の16団体の記者会見の写真をみていて思い出したのがこの本。写真のなかに、口をへの字に曲げた著者の方がうつっていたから。

この本が作られた(直接の)契機になったのは、1995年の米兵の少女への暴力事件だった。あれから20年…

 

でも、こうした暴力事件は70年以上つづいている。

沖縄の女たち

沖縄の女たち

 

 

奏デル盆栽

今週のお題「植物大好き」

 

茅ヶ崎にある熊澤酒造 Okeba Gallery & Shopで開催中の「小沼 寛 ・加藤文子二人展 Now and Then  - 今 そしてかつてであり 未来のいつか - 」に行ってきました。(27日まで。17日は休館)

初めて乗る相模線のごとごと感にも、レストランやベーカリーカフェその他に再利用されている熊澤酒造の敷地内の建物やお庭にも、新鮮な刺激をうけましたが、小沼さん(陶芸)と加藤さん(奏デル盆栽)のおふたりの作品は実にすばらしかったです。

少し前に加藤さんの著作に出会うまで、盆栽にはあまりいいイメージがなかったのですが、加藤さんの鉢(こちらもお手製)のなかの植物はたわめられている印象はなくのびのびとしていて、それでいてひとつの作品になっていると感じました。時が味方するというのもほかにはあまりない芸術だな、と思いました。

 

あうりんこnoこ

那須にアトリエを構えるおふたりの活動を紹介するHP。

 

natural盆栽 小さなみどりの育て方 (講談社の実用BOOK)

natural盆栽 小さなみどりの育て方 (講談社の実用BOOK)

 

ちなみに相模線の駅から会場へ歩いていく途中に、湘南クッキーの自動販売機がありました。お手頃な価格にもかかわらず、美味しかったです(^.^) 

桜の季節に

宇野千代(1897~1996)という名前を初めて知ったのは、毎日新聞に「生きていく私」が連載され始めたときのことだ。「こんなひと(女)がこの国にいたのか!?」という驚きはいまでも忘れられない。

ごくおおざっぱにまとめると、17歳で小学校の代用教員として働き始める→同僚との恋愛により解雇→いとこと結婚→文学賞を受賞し出奔→複数回の同棲、結婚、離婚→98歳で天寿を全う この間自分の仕事を手放したことは一度もなく、その仕事も作家のほか、給仕、雑誌編集、デザイナーと多岐にわたる。

宇野千代さんのデザインしたものを見たことのある方はご存知だと思うけれど、彼女は桜が大好きさったそうで、デザインにもよくつかう。米寿のパーティでまとった(自らデザインした)大ふりそでも桜の文様だった。そして、岐阜の薄墨桜も、彼女によって命を救われたということで名前を知られている。

樹齢1500年以上とも言われるこの桜の古木は、岐阜県本巣市にあって、国の天然記念物にも指定されたが、何度か枯れ死しかけては復活した。そのうちの一度は宇野千代の貢献が大きいとされている。

その薄墨桜ーいまでは地域の観光の目玉ともなっている桜の古木ーを救う”村おこし話”なのかと思ったら、とてもファンタジックで残酷なおとなの童話という趣の作品だった。若木の力を借りて再生する古木という、じつは残酷な桜の姿に作家の想像力がかきたてられた結果かもしれない。

この「薄墨の桜」と、全集では同じ巻におさめられたひとつの短編には、米軍基地のある街で殺されたひとりの女性のことが描かれている。「八重山の雪」(1975)のモデルとなった女性だという。

米軍基地のあるところでは、しばしば女性への暴力事件が起こる。その犠牲者がまだ小さな子どもであったり、旅行者であれば大きくとりあげられるところだが、そのひとのように職業として米兵を「接待」するひとたちへの暴力は、取り上げられたとしても、女性の側の自己責任論にかき消されてしまうだろうということはかんたんに想像できる。

そんな心理について考えさせられることが多かったので、宇野千代がはじめてこのモデルとなる女性”チェリー”に会ったときのことばに感じるところがあった。

「…何よりも初対面の私を驚嘆させたのは、その瞳の、誰の眼にも見たこともないほど、邪気のない、水のように澄んだ色である。

 この年配になるほど兵隊の相手をした女の眼は濁っているもの、と決めることは出来ない。そう言う仕事は女の魂を荒廃させるもの、と決めることも出来ない。ひょっとしたら、こう決めつけて考えるのは、私はそう言うことをしないと思い込んでいる女たちの、或る考え違いなのではあるまいか。私はこのとき、心の中で叫ぶようにして、そう思ったものである」

たぶん、この国には今でも世間のモラルよりも自分の気持ちを優先する女性たちへの偏見の目は残っている。百年前ならなおさらだろう。そうした人たちのまざなしをつねに感じつつも、自分の生き方を、100年前から貫いてきたお千代さんならではのことばだと思う。

 

 

薄墨の桜 (集英社文庫)

薄墨の桜 (集英社文庫)

 

 

Kuervos del Sur


Kuervos del Sur - Cenizas

チリで開催中のかなり規模の大き音楽フェスティバル、ララパルーザに出演したクエルボス・デル・スール(「南のカラスたち」※)という独立系ロックグループの”Cenizas(遺灰)”という曲。90年代にチリ、クリコ地方の高校で最初に結成されたそう。

スペイン人の来る前からチリ、アルゼンチンの南部に暮らしていたアラウカーノ(マプチェ)人の、森や川、傷つけられた山を悼む歌です。(作詞 ハイメ・セプルベダ、作曲 ハイメ・セプルベダ、ペドロ・ドゥラン)

 

灰になった森、とらわれの川、アラウカーノのくには追放された

汚れた煙があがり、機械が汚水を吐き出し、騒々しく細る山

はげしい雨がまたやってきて、あられがたたきつけ、美しい大地はふたび輝くだろう

 

戦士の血をうけつぐのは誰だ?

火山の上を高くとぶコンドルがいないことをいぶかしく思うのは誰だ?

目に映るこれらのまぼろしすべてが炎に変わる前に、

山々の頂の雪原がうしなわれ、漁師の網に魚がかからなくなり、鉱山で働くものが鉱石をみつけることができなくなり、農夫のまく種がかれらのものではなくなることをいぶかしく思うのは、誰だ?

*ビデオの背景は、チリ南部のコンギジオ(Conguillio)国立公園

※ カラスはスペイン語のつづりだと"cuervo"。あえてkを用いているのは何か特別な意味があるのだと思う。わかり次第補足。

引っ越しと肋骨

十年間で3度目の引っ越しを終えた。

十年で3回は多いだろうか? 私の場合、成人するまでにすでに4回は引っ越しを経験しており、先日数えてみたら、(留学時を除いて)いまの家が10軒目だった。そして、ひとつの家に十年以上暮らした経験がない。

成人してから周りの力をかりずに引っ越したのはこのうち2回だが、二度とも引っ越しから二か月ほどであばら骨にひびをいれる羽目になった。引っ越しというのはかなり疲れるものらしい。

世の中には引っ越しをほとんど経験しないまま、一つの土地で生まれて育つ人もいる。そうした人と、あちこち転々と移り住む人間とでは、ものの見方もちがったものになりそうだ。それが、国境かそれに似たものを越えた移住なら?とかすかな痛みとともに想像してみる。